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zoom RSS 朗読用台本 「まむし」 (河上彦斎)

<<   作成日時 : 2019/05/10 19:09  

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    まむし    作:マガサシロウ




    一


 妙な夢を見た。
とてつもなく巨大な蛇が、俺を見下ろしている。
音も立てずに、じいっと睨みつけている。
俺は地面に横たわったまま、その眼を見上げていた。

 あの眼を見てからだ。
俺は奴が人を斬る瞬間を見た。

 河上彦斎。

奴が人を斬る瞬間のあの眼を、俺は見た。

斬ると決めた相手は必ず斬る。
毒を持った蛇のように、すばやく、確実に息の根を止める。
「まむしの彦斎」
いつからか、奴にはそんなあだ名がついた。

 まむし。

確かに、あの眼は人間のものではなかった。
体つきも小さく、華奢で、
とても剣など振るえそうには見えない男が、
敵を前にした途端、人ではない何かに、
得体の知れない、どんな肉食の獣とも形容のつかない、
不気味なものに変わった。

その静かで冷たい眼に、俺は惹かれた。
獲物を狙うまむしの眼に、俺は惚れた。

何度もその眼を見た。
何度もその視線を追った。
そのたびに、身体が震えた。
そのたびに、心がざわついた。

もしも、もしもその眼が
俺に向けられたなら。
そんなことまで考えるようになった。

もしも、もしも奴の剣が
俺を狙ったなら。
そんなことまで考えるようになった。




    二


 「明日、佐久間をやる」

 開国派の大物、佐久間象山。
俺たちが目のかたきにしている男。
それを斬る。
そう告げた奴の眼が、ギラリと光った。
まむしは腹を空かせていた。

 嫉妬。

佐久間に対する嫉妬。
まむしに喰われることへの嫉妬。
もしも、もしも俺が佐久間のような男だったら。
奴は俺を斬るだろうか。
奴は俺を喰らうだろうか。




    三


 元治元年七月十一日。
白昼の往来に人々の悲鳴が響く。
馬に乗った佐久間の腹から血がどっと溢れ、
やがてばたりと身体が落ちた。
まむしの剣は一瞬で獲物を仕留めた。

辺りがざわつく中、
奴は無言で佐久間の死体を見つめていた。
獲物をたいらげ、満足したまむしの眼で。

 そんなにこいつが旨かったか。

そう思うと、心臓が、
何かに掴まれたように苦しくなった。
悔しさ、悲しさ、苛立たしさ、
そういった感情がいっぺんに頭を駆け巡る。

 「河上」

無意識に、奴に剣を向けた。

奴が顔を上げる。
この眼だ。この眼が俺を睨むのを、俺は待っていた。
ずっとずっと待っていた。
さあ、斬れ、河上。俺を斬れ。
俺を斬る瞬間のお前の眼を、あの眼を俺に向けてくれ。
だが、

 「遊んでいる場合か。行くぞ」

そう言って、背を向けてしまった。
なぜだ。なぜだ河上、なぜ俺を斬らぬ。

 「河上!」

剣を振り上げた。
瞬間、









 巨大な蛇が、俺を見下ろしている。
やっと、やっと俺は。




2019年5月9日(木) YOMINOMI! vol.33 (池袋東口ゲキパ) にて発表。

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